2008年04月13日

スーツ(+キカイダー)

先日、取引先のレストルームで
妙に丁寧に挨拶されてしまった。
「どうしたの?」って聞いたら
「今日は、キチンとしたスーツ着ているから」だって。
だから、
「見た目で態度変えるわけ?」ってからかったら、
「そうですよ」だってさ。


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これ、ファイルが来るのとそれについての電話を待ちながらタラタラ暇つぶしに書いてたのだけど、
今読み直してみたら、いつにも増して文章ぐちゃぐちゃ、酷いのになってました。
でも、なおす気もないので、もし読むなら、適当に修正しながら読んでください。
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でも、実際そうなんだよね。
当たり前だけど、
服は記号であって、
その人が、どういうスタンスでそこに臨んでいるのか?
ってのを示すものなわけだし、

スーツの場合は...特に堅いスーツの場合は、
・社会人であること(社会的責任)
・ビジネスマンであること
・組織的に動くこと
・保守性(少なくともやたらと秩序破壊には出ないという姿勢)
であることを半ば示すことになるし、

つまりは、組織的なビジネスコミュニケーションの土台になる
信頼をつくることになる。

さらに、
テロテロ、デロデロじゃないキチンとしたスーツを毎日着るってのはけっこう金のかかることでもある。
スーツの値段ってけっこう分かっちゃうものだし、
そこでそれなりのものを選んで、
クリーニング代とかなんとか周辺の出費も入れていけば、
ちょっとした高級車を買うのとあまり変わらない。
それにだいたい面倒なものだ。

だから、そういうことが出来るっていう余裕を示すものにもなるわけだ。

スーツって、そういう記号だから、
結果的に、組織によってもかなり違いが出てくる。

どこがどうとは言わないけど、同じ業界でもかなり違うよね。
カチッとしたダークスーツばかりのところ、時代の流行を追いかける人が多いところ、無頓着なところ、そのままウィークエンドに歩いていても違和感がないほどカジュアルな空気を持ってるところ。
結果的に組織の個性と力を表現している。

B2Bコミュニケーションでは、組織ブランドの延長上...あるいは実際の人と人の接点ではその土台になる信頼を表現するものの一部になるわけだ。

だから、逆に「組織の名前」ではなく、個人の...スタープレイヤーの名前で仕事をするところは、スーツなんて着る必要はない。

職人の世界、クリエイター集団で、個人の名前を求めて、個人の力量を頼んで仕事が来るところなら、個を薄めてしまうわけだから、スーツなんて邪魔なわけだ。
(もちろん、実際には、ファッションの世界は複雑だから、あえてスーツを着るっていう個性もあるし、個性を消すっていう個性表現もあるし、いくら名前があっても何時でもPullで仕事ができるわけじゃなくて、知らない人に売り込む場面で必要になるとかもあるし、土台にスーツを置くけど、ちょっとした工夫で十二分に個性表現をするとか...実にいろいろあって、一概には言えないけど、あくまで単純化すればそうなわけだ)

そんなスタープレイヤーの力で動いている組織も、徐々に拡大して、求人方法も人の種類(意識)も変わり、組織力で売るようになると...つまり、まずは企業の名前で...ブランド力で動くなるようになると、多くの場合はスーツが必要になる。

ブランドの信頼で売らなきゃならないようになるからね。
それには末端も含めた一律の信頼が必要だから。

「人」なのか、「組織」なのか?「組織ならスーツ」になるわけだ。

もちろんこういうのは、一概には言えないけどね。
業種(何を売っているのか?何を期待されるのか?)とか、時代とか、もっと根深い企業文化とかで変わるわけだし、
純然たる知価産業は、スーツから離れていくよね。
...なぜなら、本当の意味の知価=人材の生み出すもの...決してそれは組織構造から直接生まれるものじゃないからね。組織はどこまで行っても背景でしかない。

ちなみに、広告屋は知らない人から見ると、メディア産業の一部で、クリエイティブを売っているから、自由なんだろうとか思うだろうけど、
むしろ、
真っ当なところほど、キッチリ・カッチリしたダークスーツに身をかためているのは、
クリ売ってるとかっていう以前に、サービス業...客商売で、もっと言えばアウトソーシング業だし、日本特殊のメディアバイイングが一緒になったところから見ても、それは商社的...いわゆるビジネスマン:アキンドの世界なんであって、
だから、例えば、クルマメーカーのクルマのように独自の目に見えるウリモノがあるわけじゃなく、それが何かを証明してくれるわけじゃないから
...売っているのは、あくまでもコミュニケーションのソリューションっていう目に見えないものだから、
取引の信頼の基礎としてのカッチリしたスーツが必要不可欠なわけだよ。

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で、「オマエはスーツが好きなのか、嫌いなのか?」って問われれば、
正直あんまり好きじゃない。

先日の取引先のレストルームでも話したけど、
スーツの原型は、「寒い土地」のものだし、コートのようなものだから、
高温多湿な日本の風土に合うわけがない。

たんに現代社会の原型がつくられたのが、欧州で、そこの秩序記号が世界を覆っちゃったから、しかたなく使っているだけだ。

スーツの原型は、イギリスって思ってる人が多いし、実際現代のものの直接の原型はそうだけど、「ここからスーツって言える」っていう意味での原型って言えるのは、
17世紀のフランスだ。
17世紀の欧州。つまり小氷期だね。
寒くて辛い時代なのよ。
そのちょっと前にはペストが大流行して、死屍累々のね。いやーな時代。

そこからスーツは、温暖化と共に簡略化が進む歴史を辿っている。

(もちろん温度だけの問題だけじゃなくて、支配層の在り方の変化に伴う意識変化の方が大きいのだけど... 例えば、絶対王制の時代の王様は、派手な格好しているでしょ?
でも、今の大統領とか大企業のトップは、決してギョっとするような派手な格好はしないよね?
...なぜか?って考えれば分かるよ
...権威を保証するものが本質的に変わったからだよね。
...じゃー今でも派手な格好(あえて異質な格好)をして、しかも力を持っているのは誰?
そんなこんなを考えれば分かる)

とにかく、温暖化もあって、簡略化が進んでいる。
原型から比べれば、丈は短くなってきているし、高いコートの襟は折られて、前が大きく開けられ、(多くの人が社員バッチを付けるところだと思ってるようなところは、もともとは襟のボタンホールだ)、
ボタンの数も増減は繰り返しているけど、基本的には減ってきている。
ネクタイは、もともとは兵士のスカーフみたいなものだ。
それが完全に記号化している。

それでも、もとがコートみたいなものだから、高温多湿・温暖化の時代にあうわけがないのだよ。

そんなものが好きになれるわけがないでしょう?

仕方なく着てるのさ。記号をね。

そんなスーツが好きじゃない私でも、
必ず着る場面ってのはある。

ビジネス上だけに限れば、

一つは、他の取引先の名前で、(そこのチームの一員として)堅い会社・あるいは組織風土が予想がつかない会社に、ミーティングやプレゼンなんかで行くとき。
特に取引先の役員なんかと一緒にアライアンス交渉なんかの場に出るときは、100%かなり堅い格好をしていく。

もう一つは、半ば純粋に個人名で仕事している時でも、
相手が求めているものが、相手の会社内の小さな範囲で完結するなら、
(最初の最初は相手や相手の組織のキャラにもよるけど)スーツなんて着ない。
でも、取引先と一緒にどこかに説明にいかなくちゃならない「可能性」があるだけで、着る。

逆に言えば、それ以外は着ないわけだ。

スーツ着なくて良い時間が圧倒的に長いのは、フリーの特権だと思ってるしね。

...と言っても、「プランナー」は「クリエイター」とはちょっと違うから、着なきゃならない場面も出てくるわけだよね。

って、ここまで書いて思いだしたけど、以前にもこんな話しを延々と書いたかもな。
そんな気がしてきた。
やめ。

あーもうちょっと...
ネクタイってさー、あれチンコだよね。象徴としては。
ブラブラと。

実際は、あれは「剣」って表現されるけど(結んで出来る大きい方が大剣,小さい方が小剣ね)、
剣じたいがそういう象徴性持ってるしね。

つい先日、ピンクのネクタイしている時に、そう思ったよ。

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電話を待ってる間、ヒマだからもうちょっと書こう。

これまでの話しの流れと関係ないけど、
キカイダーの話し。

前にも書いたかもしれないけど、
今日、子供がクルマの中で、自分のビデオばっかり見るわけよ。

ウマウマ(Caramelldansen)とか、ゴーオンジャーとかレスキューフォースとかさ...
あんまりしつこくてウンザリしてきてさ、
取り上げて、Chemical BrothersだのMarisa Monteだの...そんなこんなのプロモを見させて、
でもやっぱりって思って、アニメだからいいだろうって、キカイダーを見せたのだよ。

うちの子はキカイダーってあんまり好きじゃないみたいなのだけど、
オレも小さい頃あんまり好きじゃなかった。

だって、やっぱり非対称デザインって気持ち悪いものね。
単純な悪役ならともかくさ。

でもさ、大人になってから、
もうこれはスッゴイなって思い始めたわけよ。
石ノ森章太郎ってやっぱ天才だなと。

これって「境界に立つもの」なんだよね。

人間と機械、善と悪、名と暗、生と死...そんな境界に立ってるわけだ。

つまり、例えば、北欧神話のヘルだよね。
半身が美しい乙女で、半身が腐っていく死体の。
半身が赤で、半身が青。

キカイダーと同じ色だよね。
(ヘルは、白と黒でも表されるけど)

でもって、ヘルは、死者の国を支配するわけだけど、
神も死んでしまう北欧神話では、最高神もいずれはヘルに従わなきゃならないわけだ。

境界上に立つ者の強さだよね。

もちろん、真に境界上に立つ者は限りなく寂しいのだけどさ。
それもまた、オジサンには良いわけだ。

オレ、キカイダーの魅力に気が付いたのって、30代になってからなんだよね。
バカだなー。
ティーンエイジャーのころは、そもそもすっかり忘れてたし、
もし思い出しても、中二病的な部分が拒否してたろうな。

今にしてみれば、ハカイダーとかビジンダーのネーミングもスゴいし、もちろん設定もスゴいのだけど、中二病にかかってたら、カッコ悪いとしか思えないものな。

...もういい加減、そろそろ電話来ないかな。


posted by waki at 23:14 | Comment(0) | TrackBack(0) このエントリーを含むはてなブックマーク
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