2005年09月22日

あえて反バリアフリー

昨日の日経夕刊に
バリアフリーどころか、
わざとバリアだらけにした家のことが紹介されていた。

この記事はクリップしてとっておこうと思ってたのに
さっきみたら捨てられちゃったので
以下曖昧な記憶だけど、
メモ。

なぜそんなこと...バリアだらけのうちをつくるのか?
って言えば

自然の中に段差のない空間なんてないだろう?

刺激のない、便利便利!安心安全、キケンなんてまるでない
なんていう空間に
老人を入れたら
身体能力がどんどん失われていくし
それこそボケる
(今はボケるって表現しちゃいけないんだっけ?)

みたいなことを作者が言っていたような気がする。

なるほどー!
そりゃー一理あるよなー!!

って思ったわけ。

みうらじゅん言うところの
キンダインの攻撃だよな
バリアフリーって
って思い始めたよ。

...

これに妙に納得したのは、
最近、
もしかして
やたらとクリーンでフラットで陰影のない
マンションとかって
子供の知能づくりには
良くないんじゃないのか??
とか思い始めてたから。

段差がなくて、
タンスとかの箱モノがなくて作りつけの壁収納で
白い壁で

ってのはサイアクなんじゃないのか?

ってね。

危険な階段、縁側、
タンスとかの「家の中で登れるもの」、
木目とか塗り壁の複雑な(時に怖い)パターン、
暗闇...
そんなこんなの混乱。

こういうのがあれば、
相当、脳の中の空間は豊かになるはずだよね。

ほらよく
縦線しかない空間で育った子猫は
横線を把握できないとか
どっかの部族の住んでる環境とか家のつくりとかから
一定のパターン...なんだっけ??
が認識できないとか
ってはなしがあるよね。

あれと同じでさ、
クリーンな空間じゃ
のっぺりした脳みそしかできないぞー
とか思うんだよな。

よくわかってないんだけどね。

--

はなし戻して
バリアフリーって
そりゃ、現に今、衰えちゃってて
バリアフリーにしないと住空間がキケンでやってけない
って人には大事なことだよね。
むやみに否定することもないけどさ

でも、多くの場合...最近は...
将来衰えることを前提にバリアフリーにつくるんだよね。

でも、バリアフリーにすることが
衰えることを加速させるのだとしたら
まるで予言成就のためにやってるような感じでもあるわな。

--

夜中によく
マニュアル車普及の罪
...特にマニュアルの中型スクーターね
ってのが話題になることがあるんだけど
似ているよな。

--

はなしはちょっと飛躍するけど

安全とか、安心とか、便利とか
っていう
20世紀の正義を
もう一度点検し直してみたいなー
問い直すべきだよ

ってのは
常々思ってること。

--

でも、あの昨日の日経の夕刊に出てた家には
ぜったい住みたくないけどね。

安全とか、安心とか、便利とか

ってのには懐疑的になる私だけど、

「楽」ってのは
正直、私の中では
すっごい正義だから。

あんな楽じゃなさそうなところはイヤだ。

--

例えば、
「健康のために運動する」
とかってのは
私の中では
けっして認めたくない。

人がやるのは勝手だけど。
posted by waki at 02:12 | Comment(0) | TrackBack(0) このエントリーを含むはてなブックマーク
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