2005年09月22日

○○と□□では、どちらがどれだけ多いでしょうか?

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つまんないはなしです。
...なんか最近多いな。
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小学校の1年1学期の算数では、
一桁の数字の足し算とか引き算とかをやる。

その中でも最初の最初は単純な数の増減の話だ。

「8この どらやきが ありました。
3こ たべました。
のこりは いくつ?」

みたいのだ。

これは、誰でもついてこれる。

ところが、比較のはなしになると
突然混乱する子供と
あっさり理解する子供にわかれ始める。

「おとこのこが 8にん いました。
おんなのこが 3にん いました。
どちらが どれだけ おおいでしょう?」

みたいな問題だ。

これは抽象度がいっきにあがっている。
男の子の集団から、女の子の集団を、実際に引けるわけじゃないからね?

教師はこれをどう教えるかというと
(たまたま授業参観で見てたのだけど)
いちおー、ブロックとかを並べて
比較の概念を目で見えるように教えるのだけど
結局は、
「問題の中に出てくる大きな数から、小さな数を引きなさい」
って言っちゃうわけだ。
(...まー、教師の個人差も相当大きいのだと思うけど。)

ってことは、
男の子の集団 - 女の子の集団 =
??
そんなことは出来ないよね?

だから、
ますます意味はわからなくなるのだけど
数字の操作で「答え」は出せるようになる。

つまり解法、手順を教えちゃうわけ。

これで混乱していた子供たちも
「答えの出し方」はわかるようになるわけだ。

結局のところ本質をわかっちゃいないのだけどね。

嘘だろ?
いっくら小学1年生だっていっても、
いっくら抽象度のレベルがいっきにあがってるっていっても
そんなことくらいわかるだろう??

って思うでしょ?

オレもそう思った。

で、周囲のいろーんな大人に
この問題をどうやったら、まるっきりわかってない子供に教えられるって思う?
って聞いてみたよ。

そうしたらね...
ここで書くのはヤバイかな...

まーいっか
けっこうな確率で
ちゃんと教えられないんだよね。
この場合の
8-3=の意味を
平易な言葉で
即座に明快に示せない。

一流大学出てるハズの人たちがさ。
小学一年生の問題だぜ。

この場合の引いている3は、
女の子の数じゃなくて
女の子と同じ数だけの男の子の数だ
とか
男の子と女の子でペアができる数だ
...結局は女の子の数を引けば同じことになるんだけどね。
とか言えれば
かなりの上出来だよ。

--

子供の成長を観察していると
...周囲の子供とか見ていると

もう4歳にもなれば...
5歳にもなれば確実に
かなり高度に抽象的なことを考えられるな
状況を構造的に把握できはじめているな
って子と
そうじゃない子って
かなりはっきり違いが見えるようになってくる。

そりゃー
語彙や、考え方の枠組みのライブラリー、事例の厚みが
まだまだ貧弱だから
大人に立ち向かうのはとても無理だって点じゃ
誰でも同じなのだけど

ある程度、思考のフレームワークを自らつくれるか
親や幼稚園の先生や...とかに一方的に与えられるだけなのか
っていう違いは
はっきり出てくるんだよね。

あーいうの見てるとさ
生まれついての思考力のポテンシャルの差って
実は相当に大きいんじゃないのか?
って思っちゃうんだよね。

これは
うちの子がかなりのバカだってのもあって
なおさら周囲が気になって見てるんだけどね。

教育方針云々とかってのは関係ないよ。
マジで。

もちろん、
だから、教育に意味がない
なんてことを言うつもりは全くないし

思考のフレームワークの創造について教えないで
(むしろ、それを積極的に阻害さえして
...例えば、大きい数から小さい数を引けばいいなんてのは
邪魔しているわけだよね)
フレームワークのライブラリ充実ばっかり教えるような教育を改めることで、思考力のレベルを底上げすることも大事だと思う。

でもさー、それってもしかしたら
やっぱりエリート教育のレベルのはなしなんだよな。

例の8-3がサッとわかんないなら
無理矢理にでも思考のフレームワークを注入するのも仕方ないんだよな。

できる子を本質的に伸ばそうとするなら、フレームワークの創造を学ばせなきゃいけないけど、
できない子をついて行かせよう・学級の(=社会の)平均点を押し上げようとするなら、フレームワークの注入しかないもの。
日本の教育は、後者については、極めて優れてるわけだよね。

考えさせずに、出来るようにさせる

ってのがさ。

いつものように纏まりのない話になっていくけど
今、小学校の時の友人で優等生だったTくんを思い出したよ。

「Tくんはとてもお勉強できる」
ってのは、誰もが認めるところだった。

でもね、オレは彼が実は分数の計算さえ殆どろくにわかってないことを知っていた。
だって、本人から
「なんだかまるでわからない」って聞いてたからね。
もちろん彼は、オレなんかよりずっと早く正確に問題を解くことはできるんだけどさ。

彼が偉いのは、小学生ながらも
問題が解けることと、やっていることの意味がわかるのは別のことだってわかってた
さらに言えば、ひとまず今なにをすれば良いか・何を求められているのか?ってのも分かってた
ってことだ。

--
--

仕事の電話で長時間中断したので
なんだかなに書きたかったのか忘れちゃったよ。

いったん読み返してみたけど
やたらと同じことを何度もしつこく言ってるね。

しょーがねーなー

えっと...

とにかく

●以前は
 人の知的能力で生まれながらってのは5くらいで
 その後の環境:お勉強とかの訓練で残りの5くらいが
 決まるのだと思っていた(そう信じたがっていた)

●でも、実は、
 特に「考え方自体を創り出す」という能力については
 生まれながらが8くらいで
 教育が2くらいだろう
 と思い始めている。 
 ...信じたい気持ちが負け始めている。

 これはうちの子の知的能力のことも大きいのかもしれない。

●もちろん、生まれながらに優れた能力を持っていても
 「考え方自体を創り出す」ということについては
 相当抑圧されているから
 キチンとした訓練を受けているのといないのでは
 結果として相当の開きができるかもしれない。

●でも、それはあくまでも
 生まれながらにある程度以上の能力を持っている人たち
 にとってのことだ。

...なーんてこと。

ものすっごくサレンダーな
ウツになる見方だよなー。これって。

誰か助けてくれー

季節の変わり目はどうもダメだ。

--

なんかこういうことを書いた後は
前のはなしにはまるで関係ないけど

うちの子の良いところを
(何度もいろいろ書いてるけど)
あえて見つけて書かないと
いられない。

親バカな私としては。

今回は、
うちの子は「運がいいぞ」
ってこと。

神社でひくお神籤にしろ
神籤入りのお菓子とかにしろ
ヤツは
今まで「大吉」しかひいたことがない
ってこと。

過去すべて
少なくとも4-5回...きっともっとは
ぜーんぶ大吉。

いっくら、大吉確率の高い子供神籤みたいなものだとしても
これは驚異的・アンビリーバブル・ミラクル...でしょー!

私は彼が大吉をひくたびに

「運がいいってのは、すっごく大事だぞ!
お勉強ができるとか、
運動が得意とか ...なんかより、
ずっとずっと大事なんだぞ!
運が良いのは
オマエがいっつもニコニコ楽しそうにしてるから
神様が応援してくれてるってことだぞ
だから、いっつも楽しくしてなきゃダメだぞ」

って言い聞かせてます。
彼がわかってようがわかってまいが。

毎回
「運がイイってどういうこと?」
って聞かれるて
こっちも困っちゃいます。

そうそう、
そんなに運が良いなら
彼が幸せいっぱいかっていうと
よく夜中にうなされて、怒ってたり泣いてたりするわけだから
そうでもなくて
日々辛いことが多いみたいなんですけどね。

... ...子供のうちに彼が運の良さを使い切ったら
どうしよう?
とか
しょーもないことを考えちゃうんだよなー。
posted by waki at 01:02 | Comment(0) | TrackBack(1) このエントリーを含むはてなブックマーク
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本質を教えることほど難しいことはない
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Weblog: atsushifxの七転八倒
Tracked: 2005-09-23 20:26
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