2005年04月24日

やはり、ゆとり教育には良い面もあった

学力テスト:「好成績」戸惑う文科省 なぜ、上向いたのか(毎日)

やはり、ゆとり教育には良い面がないというわけじゃなかった。

いや、「ゆとり教育にも良いところがあるだろ!」って言いたいからって、
私がゆとり教育支持派ってわけじゃない。

では何が言いたいのかというと、


ゆとり教育か、詰め込み教育かっていう単純な軸で考えること自体が
根本的に間違っているんじゃないのか?
って言いたいだけだ。

問題は、教育方針そのものよりも教育方針を決定する体制の方だ。

一元的な尺度・方向性が問題であるはずだ。

必要なのは多様性だ。

--

数ヶ月前にも書いたっけ?...検索してみたらありました。

ゆとり教育の是非ってのは、根本的にナンセンスなんじゃないのか?

成功していた時代のやり方に戻したくなる衝動?

--

私は教育の専門家じゃないから、わからないことだらけだけど...

まず、地域格差がこれだけ広がっているのに、全国一律の方針でいいのか?
っていう疑問がある。

収入格差も広がっているし、
トータルな教育機会という見方をすれば
私学私塾・さらに周辺の教育産業、さらに文化的な刺激の量...
などの地域差は相変わらずひろがってるでしょ?

だから、国が基礎教育の機会均等をはからなきゃダメなんだって言っても、
これだけ環境が異なれば、機会均等は、均等の教育方針では達成でき得ないはずだ。

こうなれば地域の独自性を追求するしかないでしょう?

それから、地域内でも、こういう格差はどんどん広がっている。
都内なら、子供が中学にもなれば、
所得と教育意欲のある親は、無理してでも子供を私学に通わせようとする。
そうなれば、公立に残るのは... だ。

では、公立が私学のまねをすれば良いのか?

もちろん違う。

...こういう書き方はかなりまどろっこしいね。

結論としてどうしたら良いかと言うか、
こういう方向性にすべきじゃないかと思っているのは、

学区制の廃止・学校選択の自由度の大幅な拡張
学校間競争...それも差別化競争の推進
教育についての地方自治体の裁量権の大幅な拡大

をやっていくべきだと思っている。

そんなことをしたら、一握りの成績上位校に人気が集中し、そこがパンクし、下位校は荒れて...ってなるだけだ
とか思う人もいるだろうけど、

それは、
できるだけ良い学校を出て→できるだけ良いところに就職できれば→安泰
みたいな軸だけが有効な時代の考え方だ。

仕事がらみで親の意識の変化とかたまにみるわけだけど、
これはもう10年以上前から確実に、かなり多様化していて、
単純に良い成績っていうのを親はもう求めていない。

それが良い証拠にニーズに最も敏感な私塾は、
20年も遡れば、より偏差値の高い学校への進学率を競うような塾ばかりだったけど、
今はむしろそういうのは少数派にすらなりつつあるでしょ?

ニーズが多様化しているのだ。

だから、ゆとり教育をやる学校があっても良いし、詰め込み教育をやる学校があったって良いじゃないか。
もっと言えば、情操教育重視とか、論理力重視とか、コミュニケーション力重視とか、さらにもっと具体的にある程度の専門性...例えば音楽とか語学とか...を子供の頃から追求するとか
いろいろあっていい。
それを親と子供が選べれば良いわけだ。

教育サービスのニーズから考えるだけじゃなくて、
これからの日本が必要としている人材ってことから考えたって
知価産業時代に求められるのは、人材の多様性でしょ?

もちろん8歳程度まではとにかく基礎が大事だってのはあるし、
単純に個性化だけが大事だって言ってるつもりはない。
そんなこんなも含めて、多様な選択肢があることが大事だって言ってるわけ。

ーー

こういう方向性を出したからったって
それはそれで問題は山積する。

どの学校をどういう方向で差別化するかとか
人材をどうするかとか
過渡期をどうするかとか
それでもやっぱり人気校と不人気校の差はできてしまうだろうけど、これをどうするかとか、
学校自体のマネージメントもかなり今までとは違うノウハウが必要になるけど、その人材はどうするのか?管理手法はどうあるべきなのか?
こういったことを誰がいかに決めるかとか
...ってね。

きっとやり始めたら、どんなに適切なステップで徐々にこういう方向に移行していったとしても
これはこれで混乱は避けられないだろう。

でも、だからと言って根本的に間違った二元論的議論をしてるよりは、
マシだと思うんだけどなー。
posted by waki at 16:37 | Comment(4) | TrackBack(2) このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
大西宏さんのブログからやって来ました。
実は、私も同じ内容のエントリーをしていたので、興味を持って拝読させて頂きました。
学校区などの廃止や自由な学校選択というのは、ある意味分かります。

ただ、親から見た教育の期待値(=いまだに根強くある「学歴信仰」)が変わらなければ、余り意味をなさないのでは?
周囲のお母さんになった友人達を見ていると「親のエゴ」のような感覚で、英語などの幼児教室に通わせたり、お稽古事をさせているケースが少なくありません。
特に、子どもの年齢が低い時期は「母親の夢の実現を、子どもに期待しているのでは?」と感じるほどです。
そして、その延長として「お受験」というモノがあるような気がしてなりません。
Posted by いとう at 2005年04月25日 10:08
いとうさんこんにちは。

「お受験」熱みたいなものが言われ始めたのって、
私塾のバリエーションが増え始めた頃とおおよそ一致しますよね。

それから周囲の「お受験」させている人たちを見ていると、
80年代までの単純な向上指向とはかなり違うと思います。

もちろんそれもあるのですけど、
向上のためというより、
守りのためという印象を受けます。
荒れない教室とか、エスカレータに乗せたいとか、特定の能力(音楽とか語学とか)を特に身につけさせたいとか...

>「親のエゴ」のような感覚で、

これもありますよね。
子供にどんな服を着させるのかに近いもの。

守りとファッションがごちゃまぜになってできているっていう印象です。

「有名」っていうのがかなり大事な要素になっているにせよ、
よく見てみると、
単純な向上指向ではないという点で、
やっぱり公立に選択肢の幅が充分あれば、かなり違う部分があるのじゃないかとも思います。

あと、これはそれこそ地域差が非常に大きいことだと思います。

うちの学区の公立小学校は、下手したらそのあたりの私学よりよっぽど人気があったりするような学校で、
わざわざそこに入れたくて引っ越してくるなんていうことをよく聞くところです。

ですが、地元の評価はどうやらだんだん微妙になってきています。

みんな塾通いで放課後にあまり友達同士で遊ばない、
出来て当たり前で進みがちな授業、
「高い期待値」でやってきた一部の親が騒いで、教師や出来ない子たちにプレッシャーを与える...

ちなみに、うちの子はLD傾向もあって、そんなところに入れたら大変ってことで、関連機関とも相談して越境させました。

うちの子の場合はそういう事情があるのですが、
後から聞いたら、そういう事情が無くても
わざわざ理由をつけてうちの学区から移ってきている子供がいるらしく、また少しずつ増えている(??)っていう印象です。

「高い期待値」が溢れているところを嫌っているわけです。

まー、絶対数じゃたかがしれてるんですけど。

...なんだか、最後はあまり関係あるような無いようなはなしになっちゃいました。

もとい、
やっぱりお受験熱も、
地域や所得階層やその他いろんな切り方で
相当程度まだら模様だと思います。
つまり、ニーズが細分化しているわけで、
だったら、受け皿も細分化すべきっていう単純な考え方です。

ニーズと異なるものを押し付けたって、機能しやしないんだから。
Posted by わき at 2005年04月25日 12:00
TB及びコメントを頂き、ありがとうございました。
教育というのは、本当に難しいですね。
今日の毎日新聞の「記者の目」にも、このテーマが取り上げられていました。
そして、本編のブログも拝見させて頂きました。
フリーランスのマーケターと言っても・・・現状はとても厳しいです。
特に事業企画的なことを中心としてやっているので、「マーケティングとは?」というところから話を始めないと、ビジネスにはなりませんし、名古屋という土地柄のせいでしょうか?「チョコッと話だけ聞かせて」というお話だけは、イッパイ頂きますが、そこからビジネスのお話となると「お金がないから」とあっさり・きっぱりといわれてしまうことの方が多いですね(泣)。
「脱力系マーケター」なので、他愛もないことを書きなぐっています。
どうかこれからも、時々といわず遊びにきてください。
重ねて、ありがとうございました。
Posted by いとう at 2005年04月27日 12:40
>本編のブログも拝見させて頂きました。

ありがとうございます。
あっちはこっちの1/10も見てる人がいないんですよ。
まー当たり前なんですが...滅多に更新しないし。

>名古屋という土地柄のせいでしょうか?

名古屋は、今、すっごく景気いいですよね。
私がまさに今ちょうど、やってるののクライアントは、2つとも愛知の...クルマメーカーとコスメメーカーです。

でも、言われることはわかります。
知識産業というか、意志決定に関わる部分は、こういう時代になっても...というかますます東京一極集中の傾向が強まってますよね。

これって日本の問題の中でも、長期視点で見たら最上位の問題だと思うんです。
明治以来かなり意図的に一極集中させてきたわけですけど、
この構図を壊して、知識創造発信の分散化をやってかないとダメだなって。

その中でも、教育って土台の土台じゃないですか。

だから、教育政策の意思決定の地方分散化を進めなきゃって思うんです。

学区制の廃止・学校の個性化とかっていう「アイデア」に反応してくれた人が何人かいますが、
それってただの「ジャストアイデア」であって、

大事なのは...本当に言いたかったのは
「教育政策の意志決定の分散化」です。

Posted by わき at 2005年04月27日 14:54
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