2004年06月15日

好きなことがわかんないなんて...

昨日今日と、メールで本家サイト見てくれてる若い子とやりとりした。

はなしを思いっきり端折れば、
「よく好きなことをやれって書いてるし今日も書いてあったけど、
なにが好きなことかわからなくなる...
...ちゃんとやっていけるのかどうかわかんない」
みたいなことね。

それって、
「好きなこと」じゃなくて
「向いてること」ってことなんじゃないの?

適職なんて、そんな簡単にわかんないよ。
ある程度やってみなきゃわかるわけない。

上手くできることをやれって言ってんじゃなくて、
文字通り好きなことをやればぁー
って言ってるわけで、

それでわかんないなら、

●一番集中し続けられること。
●飽きないこと。
●創造力を発揮したくなる
...あーしたい、こーすればもっといいのに...っていろいろ思えること。
●専門書みたいな本来退屈な書き物読んでても
その分野なら「面白い」と思えること。
●しつこい自分になれること。

って感じ。

--

それから、「一番好きなこと」なんてのを選ぼうとしないこと。
経験豊富な遊びの場面とかならともかく
いろんな仕事の場面に当てはめて
「どれがいちばん好きか」なんてのは、
いろいろやってみなきゃわかんないよ。

だから、
よほど強い意志で生きている一握りの人を別にすれば、
なんとなく生きてると、
目の前にどんどん選択肢ってカタチでやってくるでしょ?
その中から、常に、
集中力を維持できるとか、いろいろ自分ならこうするとか
いちばん見えてくる選択肢を選べばいいわけ。

事務の仕事と営業の仕事の選択肢があったとするでしょ?

で、人付き合いが好きなら営業を選べばいいわけよ。
ここでどっちが有利不利とか考えるなってこと。

もしそれさえも選べないなら、
結果的に行ったところで、
いちばん好きなコトに集中すればいい。

それでも、
どうしようもなく好きなことが出来ないなら
今やってることを
「無理矢理、好きになってみる」ってのもアリ。

なんでも、とことん追求してみると、
そこから面白さが見えてくるってのもあるしね。

ほら、複雑なゲーム...将棋とかさ...は、
ほんとにガキのうちは面白くなかったりするけど、
オヤジに無理矢理つき合わされてやってるうちに
「見えてきて」
面白くなっちゃうとか

いやいや友人にスキーに連れて行かれてウンザリだったんだけど
半日苦闘してたら、けっこう滑れるようになって
そうなったら、楽しくてたまらなくなった。
とかさ。

そういう
やってみてこそ開眼
ってのも、あるわけだから。

とにかく一度深みを追求してみると、
それ自体は結局好きになれなくても
自分の可能性を発見することも多いしね。

--

あと「好きなトコロ(環境)」と
「好きなコト」っては違うって理解しましょう。

有名なところがいいとか、華やかなところがいいとか、楽なところがいいとか、
緊張感があるところがいいとか、仲よくやれるところがいいとか...
そういうのは、トコロのはなしです。

そこで何やるかってのが、コトです。

考えるとか、つくるとか、人付き合いするとか...ね。

トコロは有利不利で選べるならそれも大事だし、客観評価も大事だけど、
コトは有利不利で選んじゃダメだし、人がどう思うか・どう見られるかはまったく関係ない。

--

あと、
オレは「好きなこと」やってれば
「上手くいく」なんて言ってるつもりはなくて
...それも、わかんねーよ。
好きなことやってる=成功するってことじゃない。
当然なんだけど。

ただ好きなことなら

1.集中力を発揮しやすいから、そういう面では好きじゃなくてやってる多くのヤツらより上手くいく可能性が高くなる。

2.なにより、仕事が苦痛であることが、好きでもないことより少ない。
上手くいけば、仕事こそ楽しいことになる。
少なくとも仕事で退屈しなくて済む。

3.上手くいかなくても、せめて好きなことやってれば、
そうじゃない時より救いがある。
例えば、嫌いな仕事しててビンボーだったら、哀れな存在でしかないけど、
好きなことやっててビンボーならまだ救われるし、下手したらそれでも幸せかもしれない。

ってことです。

--

最近こんなのばっかり書いてるなー。
ジジイ化でしょうか?
posted by waki at 23:02 | Comment(0) | TrackBack(0) このエントリーを含むはてなブックマーク
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