2006年06月02日

平均への回帰 人を(自分も)実績で評価する時は、充分な時間が必要。

よく出てくる話で、

コイン投げをして9回続けて表が出た
次は、表の方が確率が高いか、裏の方が確率が高いか

ってのがあるよね。

もちろん、確率はいつでも1/2だ。

でも、人は、次は裏が出る確率の方が高そうだと思ってしまう。
リクツで分かっていても、そうとしか思えなくなってくる。
ギャンブラーの誤謬ってヤツだ。

01の乱数表つくってみれば、かなり長く0や1が続くところがいっぱい出てくる。

回数を繰り返せば、全体としての確率は、どんどん1/2に近づくけど、
だからといって、表や裏が続くことがよく出てくることも当たり前なわけだ。

似た話で、よく出てくるのが、

中間試験で特別に高得点をとったグループの
期末試験での結果を見ると、中間試験の時よりもずっと平均に近づいている。
この結果を見て、とかく教師は、
「彼らは慢心して怠けた」とかと勝手にストーリーをつくって判断するわけだ。

もちろん実際はそういうことじゃない。

平均への回帰(Wikipedia)

人はストーリーをつくって解釈する。
実はストーリーなんてそこになくても、ストーリーが必要だ。

仕事のスランプ期なんてのも、出だしはこういうことだ。

つまり、たんにコインの裏が続く時期とかってことだ。

本当に優秀な人間が、
いつでも優秀な結果を残すとは限らないが、
長期間の結果を総合すれば、必ず平均よりも良い結果を残す。

優秀じゃない者が、一時的な幸運で、立て続けに成功することもあるけど、
長期間の結果をみれば、必ず平均以下の結果になる。

しかし、もっと大事なのは、
人が評価する時のクセだ。

続けて起きたことには、実際以上に大きな意味を与えてしまう。
周囲もそうだし、自分自身もそうだ。

真のスランプは、たんなる不運の連続を、自分の本質的な能力と必要以上に結びつけて、心理的なダメージを自身に与えてしまうことから始まる。

逆も...自信過剰になることもまたあるし、
周囲の評価ということでも同じように、実際以上におとしめたり、過剰に評価したりということがある。

人を短期間の結果で評価するのはとっても危険なのだ。

どの程度の時間(結果の回数)を見れば、結果でみれるのかというのは、職種によってかなり違うはずだ。

比較的に単純な要素の組み合わせで構成されていて、1日に何度も結果が出るような仕事なら、比較的短期間に、結果で判断できるようになるだろうし、
そうじゃないなら...複雑な要素の組み合わせで、1年に数回しか結果が出ないような職種なら、かなりの...何年も時間がかかるハズだ。

仕事の種類によって、現実的な結果を見て判断できる期間というのがあるはずだ。



ギャンブラーの誤謬を検索してみたら
株式投資関連でやたらと出てくるのね。

それは違うぞ。

ルーレットやコイン投げは、毎回独立した事象なわけだけど、
株価は、連続している。

それにだいたい人の心理が反映している...つーか、人の心理が産み出しているものなのだから、そもそもが確率ゲームじゃない。
「確率についての心理」は働くけどね。

「これだけ続いたら...」と多くの者が同じ様な心理的なメカニズムで思い、それが株価に反映される。
だから、確率じゃなくて、心理の読み解きだ。
posted by waki at 18:02 | Comment(0) | TrackBack(0) このエントリーを含むはてなブックマーク
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