2005年01月16日

結婚して親になる勇気がない。仕事なんて楽だよ。(対岸の彼女)

昨日の日経の春秋に、
直木賞受賞作「対岸の彼女」の一節が出てた。

「私は逆。結婚して母親になる勇気がない。仕事なんて楽だよ。
... ... 目の前のことを一個ずつ片づけていけば明日になるし」


春秋書いてる人も「妙にリアル」って言ってるけど、
ほんとにコレ、
ものすごく生々しいセリフだね。

オレも、
「結果的に子供ができちゃう」まで
親になる勇気がなかったよ。
責任持てるのか?
って常に思っていた。

収入はあっても
フリーランスだから
未来に確信持てない
っていう思いが常にあったしね。

母親になるのなんて
なおさらだよな。

「母親になるのが難しくなった」
ってのは、
70年代からだって言われている。

その後、金妻の舞台になる「郊外」が発達した時代。
核家族化に拍車がかかった時代。
コミュニティのない住宅地が広がった時代。

当時はまだ、文化的な規制も強かったし、
「前例」がないから、
孤立無援の母親になることも恐怖心も薄かった。
むしろ核家族化への夢があったくらいで。

それ以前は、
「妻になる」のは非常にかったるかった。
家電が普及する以前の家事は
本当に重労働だったから。

でも、「母親になる」のは
今よりずっと楽だったんだよね。

子供を見てくれる存在が沢山周囲にあったから。

今じゃ、「父親になる」のだって
マジに考え始めたらけっこう大変だ。

うちのオヤジなんて、そりゃもうほんとに子供の世話なんてなにも見なかったよ。
釣りとか自分の遊びにつき合わせるとかそういうのはあったけどね。
周囲だって、そうだった。
それでも割と「良い父親」でいられた。

いや、当時はやたらと関わらない父親の方が
むしろ良い父親だったと思うな。
...男は黙ってサッポロビールの世界

でも、今、
孤立無援の核家族=夫婦2人で、
ましてや両方とも仕事持ってて
なんて状況じゃ
例えば、子供が熱出したってだけでパニックだ。

以前とは比べものにならないくらい
男だって「親」をやらなきゃならなくなっている。
カッコの問題なんて次元はとっくに過ぎてる。

それを放棄していられるとしたら
周囲の支援が得られるとても幸せな環境にいるか
とても手がかからない子供か...これも幸運
無責任かのどれかだ。

「幸せな環境」にいられる人は、
未だに夫婦の関係性についての文化論にしちゃったりするけど
ほんとにそんな次元の話じゃないよ。
もっと遙かに生々しい話、
ちょっと想像力があればビビって当たり前のことだ。

でもまー、
結果的にできちゃえば
日々かったるくても
それ以上に楽しいんだけどさ。

...と、
書き続けてどんどん深みに入って
難しくなっちゃう前に
まるっきり脈絡ないのに
それらしい言葉でおさめて
逃げてみる。

オレ、小説とか全然読まないんだけど、
「対岸の彼女」は買ってみようかな。
posted by waki at 02:38 | Comment(0) | TrackBack(0) このエントリーを含むはてなブックマーク
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