2006年01月25日

この時代の変わり目のキモは情報の在り方

ライブドアショックを受けて、
いろんなところで「あらためて今、大きな時代の変わり目なんだ」ってことが語られている。

ライブドアは、変わり目の混乱に咲いたあだ花だった
みたいなまとめ方ね。

結論としては、揺り戻しはあるにせよ
原則自由とか、自己責任とか、官から民へとか
って方向性なんだろう。
(成り行き次第じゃ、わからないけどさ)

以下、
殆どの人には、「ふざけるなよ、子供扱いする気か?」って言われそうなほど、当たり前のこと...原則論の再確認。


こういう方向を目指す上で決定的に重要なのは

●供給者の情報公開
 ...政治家・行政・企業・マスコミ...が、
 自分が提供するものの範囲について、
 需用者が選択に必要な全ての情報を公開し
 公開した情報について責任を持つこと



●需用者の情報保護
 需用者が何をなぜ選択したかについて、
 供給者に知られない権利の確保。
 ...つまりプライバシーってやつ。

でしょ?

突き詰めれば、これがもっともコアの大切なことだ。

例えば、ライブドアがなにをやってきたかやろうとしてきたかについて
個人投資家に、必要充分な...必要充分ってのはちゃんと理解しやすいかたちの情報になっていることも含めてだ...情報を提供していて、それでも株を買ったなら仕方がない。自己責任だ。

例えば、ヒューザーが地震があればひっくり返っちゃうようなビルですよってちゃんと消費者に教えてて、それでも買ったなら消費者の責任だ...ってことだ。
(もっとも、こっちは、じゃー隣のビルは?とか街全体の防災はってのがあるから、そんなに単純じゃないけどさ)

例えば、ネット上には「あんな安いマンションを買うなんてどーかしてる。買ったやつらの自己責任だ」みたいな言い方をしている人もいるけど、それは大間違いだ!
リクツとしては、充分な情報公開とセットじゃなきゃ、自己責任は発生しない。

判断できようもないものの責任を取れっていうなら、
詐欺師万歳になるし、
情報力のないヤツとバカは生きていけないってことになるし、
真に力のある企業が伸びなくなるから産業は停滞する。
(安いのはダメっていう安易な判断は、もしちゃんと企業努力をしている結果だったとしたらどうなる?)

ライブドアの件は、この原則に照らし合わせれば、
情報公開が充分でない...ウソだったわけだから、損害賠償請求されなきゃならない。情報に責任を持たなきゃならないからだ。
もちろん、裁判にあたっては、証明責任は供給者側になきゃならない。

... ...っていう当たり前のことがこの国は、多くの点でまだ出来てないのだよね。
あるいは過渡期にあるから、新たな法整備の前に行われたことはどうしようもなかったりする。

原則自由とか、自己責任とか、官から民へとかに移行していく上で必要なしくみがまだちゃんと出来てない。

そういう変化の狭間にあるから、泣かされるヤツも出てくるし、ぼろ儲けするやつも出てくるわけだ。

本当にすべてはこの情報の在り方が大事なハズなんだ。

例えば、政治だって、よく金で突っ込まれる人がいるわけだけど、
民主主義なら、献金で応援するってのは本来は当たり前に認めるべきことだ。
(もちろん認められているけど、常に後ろめたい空気に包まれているし、常にこのことで政治家は足をひっぱられる)

そうじゃなきゃ、ヒマ人のために政治にしかならなくなるからね。
金を出すのは汚くて、手間を出すのは尊いってのは、幼稚な考え方だ。
忙しく働いている人は政治から阻害していいってことはないはずだからね。

大事なのは、
どっかから金をもらって癒着していることが悪いのじゃなくて、
そのことが有権者から見えなくなっていたら....うまく隠していたら悪いということじゃなきゃならないはずだ。

癒着していることも含めて、有権者は判断すれば良いのだ。

ぼろ儲けがけしからんとか、不労所得がけしからんとか、金をもらってるのはけしからんとか、そういうのは、問題の本質から遠ざけるだけだし、結果的には、誰のためにもならない。

大事なのは、情報の在り方のはず
...原則自由とか、自己責任とかになっていくなら、
それなりに大きくなって行かなきゃならないはずの知る権利の問題のはずだ。

今、この時代の構造変化を見ていく上で....よい方法に行っているのか、悪い方に行っているのかを判断する上で、
いつでも真っ先にこの視点から判断するようにするといいんじゃないかと
私は思っている。

もちろん、こんなのは原則論であって、複雑な現実の前にはどうにもならないことは多いのだけど、でも、しっかり原則論を持ってると判断力も高まるはずだ。

少なくとも、例えば、個人情報保護法まわりで起きているあきれたはなしの多くなんて、もしこういう原則がわかっているなら、あり得ないでしょ?

それから、どうしようもなく間違ってる「自己責任」って言葉の使い方...自己責任と運の良し悪しをごちゃまでにしているような発言...がやたらと出てくるってことも、こういう原則がわかっているならあり得ないはずだよね。

これは大原則のはなしであって、
実際には、じゃー例えば、情報公開をちゃんとしないで酷いものを供給した企業が潰れたら、需用者はどうなるんだ?
ってのがあるわけで、
そこで初めて、公的な救済の枠組みが必要になる。

つまり、

責任を伴った充分な情報公開の上での供給者の原則自由、
充分にプライバシーが守られた上での需要者の自己責任

であって

それが守られずに需用者が被害に遭った時に、
供給者の責任が追及でき
それでも需要者が守れない時に
公的な救済の枠組みが必要になる

ってことだ。
posted by waki at 17:01 | Comment(0) | TrackBack(1) このエントリーを含むはてなブックマーク
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Tracked: 2006-03-22 11:48
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